私の愛した男は、ロクデナシの王様…『モン・ロワ~愛を巡るそれぞれの理由~』を観て考える、ダメンズとの恋愛

ダメンズ(ダメ男)とばかり付き合ってしまう女性を、世は「ダメンズ・ウォーカー」と呼ぶ。そして私は、実はダメンズ・ウォーカーだったりする。しかし勘違いしないでほしい。我々は好き好んで、よりによってダメンズを選んでいるわけではない。奴らは最初、その魅力を纏って自分のクズさを隠しているから、我々は付き合ってみないとわからなかったりするのだ(まあ、知ったとしてそれでも好きとか思ったりするんだけど)。

だけど、私たちはダメンズと付き合ったからこそ、学んだ事も多い。彼らとの愛が、普通の恋愛とは比べ物にならないほど、激しく、その経験によって血肉を削る想いで誰かを愛するという事を知るのだ。

『モン・ロワ~愛を巡るそれぞれの理由~』もまた、そんな一組のカップルの激情の日々を描いた作品である。

【注意】

この記事には、『モン・ロワ~愛を巡るそれぞれの理由~』内容に触れています。

ダメ男に身も心も引っ掻き回された女性のための、“リハビリ”映画

http://en.unifrance.org/movie/38197/mon-roi

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今作はフランス映画。物語は主人公のトニーが事故によってヒザに大怪我を負って、リハビリセンターに入院するところから始まる。ヒザを痛めるという事は、つまり普通に歩けない事を意味し、患者に否が応でも物事を考える時間だけをひたすら与えるのだ。むしろ、心がしっかりと何かを考える時間欲しさに身体が怪我を負いに行くのかもしれない。

「ヒザの痛みは心の痛みと連動している」と医師に諭されたトニーは、思わず溢れる涙に戸惑いながらも海の見える自室から、自分の中で“問題”となっている記憶を呼び起こす。

それこそが、フランス映画史上最強(といっても過言ではない)ダメ男ジョルジオとの10年間だったのだ。

ジョルジオ(レストラン経営/バツイチ)は、トニーが学生時代にバイトしていたクラブの常連客。彼女はある日、たまたまそのクラブで彼と再会し、秘かに憧れていた気持ちを思い出してそのまま彼にアピールする。実は彼はその時、アニエスというモデルと付き合っていたのだが、彼らは急速にお互いに惹かれ合って、ジョルジオは彼女と別れてトニーを選ぶ。

「彼は私の王」という認識の危うさ

© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR – STUDIOCANAL

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付き合いたての頃は、楽しくて非常に情熱的だった。二人で子供みたいにはしゃいで、色んなところに遊びに行って。しかし、少しずつジョルジオが化けの皮を剥がしていく節が垣間見える。ダメ男が自身の皮を剥がすのは、いつだって「オレってロクデナシなんだよね」という謎の自己申告から始まるものだ。ジョルジオの場合は、トニーに自分は「ロクデナシの王」だと話し、彼女はそれを笑ってなんとなく気に入る。

今作のタイトルである仏語の「モン・ロワ (Mon Roi)」とは英語で「My king(私の王)」と直訳できる。ここから、トニーがジョルジオの支配下にいた事が匂わされているのだが、この認識は非常に危うい。「この人は自分をどうにでもできる」と思えば思うほど、卑劣で無慈悲な扱いを受けてもそれを受け入れはじめてしまうからだ。そして、彼から要求される全ての事をできるだけ叶えてあげたいと思うかもしれない。

このジョルジオという男は「結婚しよう」の前に「子供が欲しい」だなんて、トニーにねだる。男性はどうしても、本能的に子孫を残そうとする。故に、「子供が欲しい」と言われたってそれは「君を愛している」という事とは直結しない場合がある。「子供が欲しい」は「子供が欲しい」というだけなのだ。

結婚が先だろう!なんて思っても、トニーは結局その彼の願いを叶えてしまう。「彼は私の王」という認識は、ダメンズに深くハマっていってしまう思考なので、要注意である。気がついた時には、自分の方がダメになってしまって手遅れなんてこともあるかもしれない。

まあ、そういう点から既に、ジョルジオは明らかなクズ野郎だった。そしてそれが原因で彼はトニーに二次災害さえ、もたらしてしまう。

メンヘラ女が出てくる恋愛には関わっちゃダメ、絶対。 

ジョルジオがトニーと出会い、強く惹かれてアニエスのもとを去った事は、トニーが意図していたわけではないが結果的に略奪という形になってしまった。それでも、互いが本気で惹かれていたらそれは止められない感情だし、もしもそれが運命の相手だとしたら仕方ないことではないだろうか。

さて、厄介なことにアニエスは少し“問題のある”女性だった。モデルという職業のせいで精神的に不安定だった彼女は、ジョルジオがトニーと付き合いはじめても何かと用事を作って真夜中にまで連絡をしたり、自分の元に来させる。アニエスにとって、ジョルジオは欠かす事の出来ない存在であったかもしれない。しかし、彼女は明らかにトニーに対して敵意を持っていた。そして、そもそもジョルジオが本当にトニーを愛していたのであれば、アニエスとの関係をはっきり、さっぱり、しっかり断ち切ることが出来たはずなのでは。

そう、コイツがちゃんと別れないでアニエスに構っているから、アニエスこそ期待してしまって余計おかしくなっていくのだ。

トニーはジョルジオの希望通り彼の子を身籠り、その後二人は結婚をする。しかしなんと、アニエスはその妊娠がショックで自殺未遂を図るのだ。一命はとりとめたものの、ついにジョルジオは「今後は絶対僕が彼女をみてあげなきゃ」なんて決心する。

だからつまり、ジョルジオがそもそも別れてから音信不通にしていれば、アニエスは彼の未練を断ち切って新しい人と出会えて前に進めていたかもしれない、そして妊娠したなんて事実も知らずに済んだかもしれないのだ。

© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR – STUDIOCANAL

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おい、ジョルジオ!お前が中途半端にしていたから全部こんな事になったんだぞ!

ヴァンサン・カッサル、恋愛映画界史に残るダメンズを好演!

© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR – STUDIOCANAL

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さて、ここまで散々罵ってきたジョルジオを演じるのは、『オーシャンズ12,13』で飄々とした大泥棒を演じ、『ブラック・スワン』では主人公ニナを翻弄し混乱させるバレエ団演出家のトマを演じた、ヴァンサン・カッサル

最近ではグザヴィエ・ドランの最新作『たかが世界の終わり』にも出演している。今最も注目すべきフランス人俳優である事は間違いないのだが、何より彼が今作のジョルジオというクソ野郎を見事に演じ切ったことが高評価を得ている。

主演のエマニュエル・ベルコが今作における演技が素晴らしく、とても美しい。それは、カンヌ国際映画祭女優賞を受賞した事が証明している。笑い方から泣き方は勿論、ある日いきなりブチキレるところも、非常に人間らしく、演技とは思えないほど自然なのだ。

恋愛映画史に欠かす事のできないダメな男、例えばそれは『バッファロー’66』のヴィンセント・ギャロであったり、『ポンヌフの恋人』のドニ・ラヴァンであったり(『ボーイミーツガール』も然り)『17歳の肖像』のピーター・サースガード『ブリジット・ジョーンズの日記』のヒュー・グラントなど、挙げていけば計り知れない。

そういうダメンズが、女性を誰よりも幸せにし、誰よりも傷つける。しかし女は傷つけば傷つくほど、美しくなるもの。今作におけるエマニュエル・ベルコの美しさは、彼女の役柄を傷つけに傷つけたダメンズを好演したヴァンサン・カッサルの存在あってのものといっても過言ではないだろう。

ダメンズが女を傷つけるときって?

© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR – STUDIOCANAL

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愛している人を簡単に傷つける事ができるのは、ダメンズの特徴のひとつである。ジョルジオも、ここまでやるかってくらいトニーを傷つける。

トニーが、自分の望んでいたベイビーを産んだと思えば、彼女が怒りっぽくなった事を理由に別居する事を望みだす。「自分たちの住む家のすぐ近くのアパートだし、最低限のものしか持ち込まないから……」とトニーを説得し、許可を貰う。

その後、彼はトニーや彼女の弟カップルを自分のもう一つのアパートに招待する。ところが、これがまたお洒落な家具からワインまで全て揃いに揃っている豪邸だったのだ!「おい、約束と違うどころか、よくもこんなものをケロッと自分に面と向かってみせられるよな!?」と、トニーは裏切られた事に対する悲しみや怒りが抑えきれず、ガラスを拳で叩き割るシーンが非常に印象的だ。

あのガラスは、まさにトニーの心のメタファーといえる。ジョルジオを愛する行為はガラスを叩き割って自分の手を傷つける事に似た自傷行為であり、粉々に割れたグラスは彼女の心を表している。

はてさて、何故ダメンズは愛する人間をことごとく傷つけるのか?答えは意外とシンプルだったりする。“自分に自信がない”から、だ。自分に自信がないから、存在意義を得るために女に依存する。自信のなさを高いプライドで隠すから、自分より女が上になることを恐れ、立場が逆転しそうになれば阿呆みたいに相手を傷つけて、自分の方が上だという事をわからせる。

女側からすれば、はっきり言ってクソ迷惑である。こういう場合は、ダメンズが自身の臆病さと卑屈さを克服しない限りお互いが同時にハッピーになれる瞬間は数限られてしまうだろう。まあ、その克服が簡単ならそんな簡単な話はないのだが。

愛を巡るそれぞれの理由とは

© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR – STUDIOCANAL

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主人公のトニーが、敏腕弁護士であることに実は意味がある。弁護士とは、自分のクライアントの善悪はおいといて、権利を主張したり守ったり、弁護する。つまり、一見しっかりと硬派な雰囲気のある職業であるものの、意外とダメな彼を世界から守ってしまう傾向が高いともいえるのだ。

クズだとわかっているのに、別れたいと思わない。いや、別れることができない。そこには、様々な理由がそれぞれにあると思うのだが、共通する事はただ一つ、皆愛を求めているということだ。トニーが吐露する、自身の恋愛に対する印象的な台詞がある。

「がむしゃらな愛に失うものなど何もない。ただ、その深みに身を投げるだけ」

リアルな恋愛映画は、いつだってダメンズの存在によってより一層そのリアルさを増し、人々の心を抉ったり癒したり揺らしてきた。そういった恋愛映画のラインナップに新たに加わった今作は、同じような激しいアムールを描いたどの作品よりも、その出会いから別れまでの過程を丁寧描いた作品だといえる。

ラストシーンでは、トニーが子供の学校の面談で、久々にジョルジオと顔を合わせる。ジョルジオは彼女をあまり見ようとしない。しかし、トニーはリハビリ期間で彼との歴史を振り返り、自分の中で整理がつけられたため、彼の顔をゆっくりと眺めることができた。

そこで、我々はトニーの視線にふと気づいてしまう。この視線の意味に関しては、トニーがまた彼に恋をする、という捉え方と、思い出として脳裏にくっきりと彼の顔を刻んでいるだけ、という捉え方の2通りができるのではないだろうか。

彼の鼻や唇、目元……まるでそれらを初めて見ているかのように眺めるその眼差しは、恋の再開を思わせる。「あれ、こんな素敵な顔してたっけ」「やっぱ好きかも」みたいな。

一方で、リハビリ期間に向き合った自分の過去を葬る、最後の儀式のようにも感じられるのだ。

しかし、彼女は本当にそれらの記憶を完全に葬りたいのだろうか。忘れたいのだろうか。

この映画『モン・ロワ~愛を巡るそれぞれの理由~』は、トニーと同じ場所にいた全ての女性のための鎮魂歌のような作品である

ダメンズと付き合った事がある人は特に、そうでない人も劇場へ足を運んでほしい。この機会に、トニーのようにあなたの心に残る“あの恋”を振り返って、それに向き合ってみるのもいいかもしれない。

映画『モン・ロワ~愛を巡るそれぞれの理由~』2017年3月25日(土)YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

モンロワメイン
映画にせよ、小説にせよ、ポップミュージックにせよ、愛をテーマにした多くの作品が無条件に愛を肯定し、愛にまつわる諍いですらも大切なものであるかのように取り扱っている。そして、スクリー

モン・ロワ~愛を巡るそれぞれの理由~:© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR – STUDIOCANAL

About the author

ライター/編集者/Ellegirlオフィシャルキュレーター、たまにモデル。ヌーヴェルヴァーグと恐竜をこよなく愛するナード系ハーフです。

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