『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』続編なのに邦題『リミックス』?ファン困惑、海外でも賛否

2014年に日本公開され、マーベル・ファンのみならずSFファンにも高い評価を受けた『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』BoxOffice Mojoの調べによれば、日本でも9,504,440ドル(約11億円)と、なかなかの成績を挙げている。

そんな『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』待望の続編『Guardians of the Galaxy Vol. 2(原題)』のティーザー画像や予告編映像が公開され期待に湧いたのも束の間、日本のファンらが困惑する事態が起こった。

続編なのにリミックス?

マーベル作品となる『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は、ウォルト・ディズニー・ジャパン配給となる。同社はGuardians of the Galaxy Vol. 2』の邦題を『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』と決定し、「続編なのに何故”リミックス”?」と、ファンらの反感を買うこととなってしまった。

洋画ファンとウォルト・ディズニー・ジャパン

ウォルト・ディズニー・ジャパンに対する洋画・原作ファンらの批判は長らく続いており、タレント吹き替え・主題歌問題(もっとも、これはウォルト・ディズニー・ジャパンに限った話題ではないが)や、作品タイトルや劇中セリフの改変、明後日の方向を向いたPRイベントなどが話題に挙げられることが多い。

最近では、2017年1月20日に日経ビジネスオンラインに掲載された同社エグゼクティブ・ディレクター井原多美氏の『ドクター・ストレンジ』に関するインタビュー内「女性といえばラブ要素」考察がネットで炎上騒動を起こした。この件に対する見解は、『ディズニー・ジャパンの「女性といえば恋愛要素」発言炎上と、ユーザー間アンケートについて | 瞬きて、視覚』の記事に詳しい。

ちなみに、この騒動について筆者個人としては井原氏に同情を寄せたい。同氏の「女性といえばラブ要素」は飛躍した短絡的な考察にも感じられるが、上リンク記事に掲載のTwitterアンケートが示すように、作品内の恋愛要素に親しみを覚える女性客が一定数いることも事実である。
加えて、『ドクター・ストレンジ』で展開された一連のプロモーションで『ラブ要素』はさして見当たらない。仮に同作プロモーションが『ラブ要素』寄りであったならば批判待ったなしだが、井原氏はあくまで同作の数ある魅力の内のひとつとして『ラブ要素もあるよね』と述べているだけで、その点だけを切り取られた恰好は不服に感じられる。

ライト層に向けたプロモーション

ウォルト・ディズニー・ジャパンの宣伝手法からは、「ファンは黙っていても劇場に出かけるので、それ意外の層へ認知させる」という指針が見て取れるのは明らかだろう。

確かに、一般社団法人日本映画製作者連盟が発表するデータを確認すると、以下のように洋画の興行収入は下降傾向であることがわかる。

洋画興行収入推移グラフ

データ出典:一般社団法人日本映画製作者連盟

また、リサーチバンクの調査データを参照すると、映画館に行くのは『年に一度以下』と答えた割合は全体で56.8%、実に半数以上を占めていることがわかる。

映画館で映画を観る頻度を教えてください。
(1200件、調査期間:2015年2月13日から2月18日、対象者:10代から60代の全国男女)

http://research.lifemedia.jp/2015/02/150225_movie.html

http://research.lifemedia.jp/2015/02/150225_movie.html

データ出典:映画に関する調査。22%が1年前と比べ、映画鑑賞頻度が「減った」。| リサーチバンク

この状況において、「映画館なんて、1年に1度行くかどうか」という層の気を惹くことの難易度は想像に難しくない。上記インタビューで井原氏が1人当たりの映画を見る回数を増やすのは簡単ではありません。ヒット作が多いということは、脅威にもなります」と苦労を語っているように、他に魅力的な作品があれば、年に1度しか映画館に出かけない層から、その貴重な”1度”のチャンスを奪われてしまう。2016年は『シン・ゴジラ』や『君の名は。』など社会現象的ヒット邦画があったが、それこそが井原氏が「脅威」と言う所以である。

それ故、ウォルト・ディズニー・ジャパンの「年に1度劇場に行くかどうか」層向けのマス・マーケティングは的を外れているわけではない。しかし、その施策は得てしてファンの目には嫌悪的に映るのが常であり、先述するようにファンらの強い反発を招くのが宿命と化している。

筆者は、ウォルト・ディズニー・ジャパンのマス・マーケティングの肩を持ちたいわけではない。ディズニー、マーベル、スター・ウォーズといった素晴らしい作品の魅力を一人でも多くの日本人に理解してもらうべく、毎日頭を悩ませる同社の努力はもちろん理解できるし尊敬したい。しかしながら、時としてあまりにも作品の世界観を無視した施策を目の当たりにすることは、小さい頃からディズニー・アニメやスター・ウォーズ、マーベル・ヒーローに憧れ、胸を躍らされて育った1人の日本人として強い悲しみを感じるものがある。

ウォルト・ディズニー・ジャパンが作品ファンにもたらした”歪み”の事例は枚挙に暇がないので、ここでは敢えて紹介を控えさせて頂きたいが、その最新事例と言えるのが本記事の主題『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』邦題問題である。

『リミックス』邦題問題

ご存知のように、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』は2014年の一作目からの続編で、原題は 『Vol.2』である。

『リミックス』というキーワードからは、一作目を再編集し、一部新たな映像を加えた『特別編』のような印象がある。『リミックス=続編』という図式を思い浮かべるのは難しい。

では、なぜこんなアベコベな邦題が与えられてしまったかを考えてみよう。

先述したようにウォルト・ディズニー・ジャパンは、消費者のうち半数以上を占める『年に1度映画館に行くか行かないか』のライト層に向けたマーケティング施策を打ち出したい思惑がある。我々ファンにとってマーベルやガーディアンズ・オブ・ギャラクシーはお馴染みかもしれないが、半数以上のライト層にとってはマーベルとDCコミックスの違いだって難しい。彼ら/彼女らに、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』一作目の存在が知られているかどうかは相当怪しいのだ。

ただでさえ『若者の劇場離れ』どころか『若者の洋画離れ』が叫ばれる昨今、『Vol.2』と付けられた謎の作品をいきなり観に行くのはハードルが高い。ウォルト・ディズニー・ジャパンは、どうか二作目からでもいいから『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を楽しんで欲しい、という願いを込めて、ハードルを取り除く意味で『リミックス』という邦題を発明したのだ。

『リミックス』の利点

このように『リミックス』の邦題からは、『Vol.2』という「前作ありき」のハードルを取り払う意図が感じられる。そして何より巧みなのは、『リミックス』はそもそも『オリジナル』の存在が前提にあることも直感できる点だ。

何も知らない人にとって『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』というタイトルは、「よくわからないけれど、もともとガーディアンズ・オブなんちゃらっていう映画が存在していて、今作はそれが何らかのリニューアルを経て帰ってきた的なヤツなんやな」程度の推察を促すことができる。前作の存在を匂わせつつ、「ここからでも楽しめますよ」という母性的なメッセージも込められているのだ。この点では非常に巧みな邦題であると思う。ウォルト・ディズニー・ジャパンは、『リミックス』をひとつの新作として押し出したいのではないだろうか。そして、その施策はある意味正しいと思う。

だからといって、筆者は本邦題に賛成しているわけではない。むしろミラノ・スターシップに乗り込んでロケット・ラクーンよろしく絶叫しながら特攻を決め込みたい気分だ。

『リミックス』邦題がもたらしたファンへの罪は、以下の2つが挙げられる。

作品メッセージの無視

そもそも、なぜ原題は単純に『2』ではなく『Vol.2』なのか。これは、劇中に登場する『最強ミックステープ』に由来する。(ここから、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のネタバレをやや含みます。)

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの揺るぎない魅力のひとつとして、往年のポップ・ソングの存在が挙げられる。これは、主人公ピーター・クイルの音楽好きの母が与えてくれたミックステープで、当時の地球で流行っていたご機嫌なポップソングを母がセレクトしてくれたミックスだ。

GUARDIANS OF THE GALAXY:

ピーターの『最強ミックス』は、異色肌の宇宙人や宇宙船の戦いなど、現実離れしたSF映像に懐かしのヒットナンバーを重ねることで、観客にとっては新鮮さと親しみやすさを演出した。また主人公ピーター・クイルにとっては、1988年に連れ去られた故郷地球と、幼い記憶に残る母の優しい姿を心に留めておく重要な役割を担っていた。自分一人が”外来種”となる孤独な宇宙世界において、ピーターは「地球出身の自分にしかわからない」ブルー・スウェードやラズベリーズなどのノリノリな楽曲を聴いて自分を鼓舞しながら成長したのである。どうやら音楽にノってダンスする習慣がないらしい宇宙人との生活の中で、『最強ミックス』の音楽はピーターのアイデンティティのひとつになっていたのだ。

一作目では、ピーター・クイルがガモーラ、ラクーン、グルート、ドラックスと出会いチームを結成、ロナンとの決戦を経てザンダー星を守り抜く。ハン・ソロ的アウトローだった賞金稼ぎのピーターが、チームという仲間を得て、ザンダー星の人々のために命をかけ戦い、大きく成長した後に開封するのが、これまで大切にしまっておいた母からの古いプレゼント。そこに入っていたのが『最強ミックス Vol.2』なのである。

このプレゼントは、病の母が死の間際に「私が死んだら開けて」とピーターに渡したものだ。大人になってもずっと開けなかったのには、ピーターが母の死を受け入れられずにいた悲しみとある種の幼さが感じ取れる。一作目のラストで意を決して開封したシーンは、彼自身の成長を感じさせると同時に、新たな世界の幕開けを感じさせるものであった。ピーターにとって『最強ミックス』は、彼の心の支えとして繰り返し繰り返し常に流れていた『人生のBGM』。その曲集に『Vol.2』が加わることは、ピーターの人生にとって大きな意味を持つ。新しい仲間、新しい日々、そして(彼にとって)新しい音楽。ピーター・クイルの冒険は、『最強ミックスVol.2』をもって新しい次元にアップデートされたのだ。

『Guardians of the Galaxy Vol. 2』のタイトルに、そんな物語が込められれることは、一作目を鑑賞すれば誰にだってわかることだろう。ファンならこの『Vol.2』の副題を見た途端、オーブの中身をすり替えられていたヨンドゥよろしく、「やりやがったな、だから好きなんだよ、そういうトコ」とニンマリしてしまう仕掛けになっている。

そんなアツい作品メッセージをガン無視して、ライト層に寄せに寄せた邦題が『リミックス』なのである。

ジェームズ・ガン監督も騙された?

ウォルト・ディズニー・ジャパンのさらに寂しいところが、現在は世界中が横軸で繋がったSNS時代であることを、頭で理解はしているようながら腹落ちしていない様子が透けて見えるところである。

本件は非常にユニークな事象がある。『リミックス』の邦題に疑問を呈するファンが、Twitterで本作の監督、ジェームズ・ガンに直接の確認を取っているのだ。

@bobacchiさんは、ジェームズ・ガン監督のアカウントに「”GotG vol.2″のタイトルが日本では”リミックス”に変更されたのをご存知ですか?とても残念なのですが」と投げかけたところ、監督本人からの「知ってますよ。彼らが、こっちのタイトルのほうが日本には良いって主張したからオーケーしたんですよ。嫌いでした?」とリプライを得ている。

 

監督の文面からは、彼ら(They)=ウォルト・ディズニー・ジャパンが、一方的に『リミックス』タイトル案を主張した(insisted)と読み解くことができる。どのような意思決定プロセスを経て本国制作チームが承諾したかはわからないが、おそらく先に述べたように、日本では同シリーズの知名度が一般層まで浸透していないこと、故に今作はある種の新作として新たに売り出したいことを調査データと共に伝えたのかもしれない。何度も言うが、この施策はビジネス的には間違っているわけではないと思いたい。

しかし、日本のファンの目にはそうは映らない。ウォルト・ディズニー・ジャパンは、日本の事情に疎いジェームズ・ガン監督ら本国を強引に説得し、『リミックス』というちんぷんかんぷんでミーハーな邦題を無理やり押し通したような印象に映る。監督の「嫌いでした?(You don’t like it?)」という一言が忍びなく感じられる。

上に掲載したツイートには、日本のファンらの反対意見が相次ぎ、それを受けてかジェームズ・ガン監督は後に以下の意見を発表している。

「事情は聞きましたし、日本のファンをリスペクトしています。もし、まだ間に合うのなら、タイトルをVol.2に戻すため出来る限りのことをします。」

 


海外の反応

日本独自の『リミックス』というタイトル、海外のファンの目にはどのように映るのだろうか。Youtubeにアップされた日本版予告編へのコメントを紹介しよう。

肯定意見

「正直、”Vol.2″より”リミックス”のほうがちょっとカッコいい」

「なんで日本人はリミックスって呼ぶの(笑)いやカッコいいけどさ」

「リミックス?こんな好きなサブタイトルある?」

反対意見

「リミックスって、ひどく紛らわしいね。どこの馬鹿ジャパニーズが考えたんだか」

「他国ではリミックスって呼ばれるの?最悪だね」

「なんでリミックスなの」

「はぁ?リミックス?ふざけてんの?」

「リミックス?ボリューム2は日本語でリミックスって意味なのかな?」

まとめ

今やマーベルやスター・ウォーズも保有し、大きな大きな世界を構築するディズニー。ファン・カルチャーの重要性が極めて強いこの分野において、全方面を納得させながらの最大公約数なプロモーションは一筋縄ではいかないのだろう。ウォルト・ディズニー・ジャパンは、相当な苦労と努力を重ねているはずである。

しかし、本来最も大切にするべき熱心なファンをないがしろにし、ライト層へのアピールに走る施策は、SNSが主流の現代でも未だに通用すると考えて良いのだろうか。『デッドプール』や『シン・ゴジラ』の成功からは、ファン・カルチャーに敬意を払うことがどれだけ重要かがよく分かる。イノベーター理論をなぞるなら、作品の熱心なファンは『イノベーター』または『アーリーアダプター』に属すると言えるだろう。この層にうまく火が付けば、後に続く『アーリーマジョリティ』や『レイトマジョリティ』の関心も惹くことができそうだ。

先のインタビューで井原氏も「5~6年前でしたら、テレビでCMを流せば、大きな反応がありました。でも、今はテレビCMの効力が落ちているように感じます」と気づかれたそうだが、そもそも10代〜20代の若者世代は、平成26年時点でネット利用時間がテレビ(リアルタイム)視聴時間をとっくに上回っている(総務省情報通信白書より)。ネットを介してアメーバ状に繋がったファンたちの声は、みるみる内に巨大化し、今後さらに『公式』の手ではコントロールできなくなっていく。

なぜ、20世紀FOXの『デッドプール』の公式ツイッターアカウントには7万7千以上ものフォロワーがついてくれたのか。なぜ、ディズニーの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は邦題ひとつでファンが怒ってしまうのか。すっかり風変わりした世間事情と照らし合わせながら、再考の時が来ているのではないだろうか。銀河は”ノリ”では救えないのだから。

シンゴジ実況
最悪の事件が起こってしまった。 既に各報道機関が大々的に伝えているように、2016年11月3日午前8時30分ごろ、東京湾羽田沖にて水蒸気爆発が発生。東京湾アクアラインは上下線で全面

Source:http://www.boxofficemojo.com/movies/?page=intl&id=marvel2014a.htm
http://ocnis.petit.cc/lime/2661475
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/111000082/011000007/
http://www.eiren.org/toukei/data.html
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc253210.html
https://youtu.be/cCgniHDXgeI

About the author

いくつになっても折り畳み傘が上手に畳めない編集長。ORIVERcinema発起人。ライター、メディアの運営や映画などのプロモーション企画を行っています。

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  • 2017年公開映画のおすすめ50選|ローリング・ストーン誌セレクトNo.21-30 | チキニュー chiki news 2017年3月29日 at 10:05 PM

    […] 引用:Oliver cinema […]

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